この記事では、聖地メッカ・エルサレム・メティナの違いについて解説します。
世界には様々な宗教がありますが、その中でもユダヤ教・キリスト教・イスラム教の3つは、特に関係が深い宗教として知られています。
これらの宗教はすべて同じ神(唯一神)を信じる宗教であり、とても大切にしている聖地がメッカ・エルサレム・メティナです。
この記事では、この3つの聖地について
- どの宗教の聖地なのか
- なぜ重要なのか
- それぞれの聖地の違い
を分かりやすく解説していきます。
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聖地エルサレム(ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の聖地)
聖地エルサレムの概要
聖地エルサレムは、現在のイスラエルにある都市です。
まずはイスラエルの場所を確認しましょう!

〈イスラエル:Wikimedia Commons〉
エルサレムはイスラエルの真ん中らへんに位置しています。

聖地エルサレムはユダヤ教・キリスト教・イスラム教の全てにとって重要な場所です。
世界でも珍しい3つの宗教の聖地が重なっている都市なのですね。
そのためエルサレムは歴史的に争いが多く、現在でも政治的な問題の中心となっています。
以下ではそれぞれの宗教にとって、なぜ大切なのか確認していきます!
ユダヤ教にとっての聖地エルサレム
ユダヤ教にとって、エルサレムは最も重要な聖地です。
理由は紀元前10世紀頃に、エルサレム神殿を建てた場所だからです。
エルサレム神殿はユダヤ教の礼拝の中心地となり、唯一の神「ヤハウェ」が宿る場所とされました。
まさしく「神殿」と呼ぶのにふさわしい場所です。
古代イスラエル王国の王である「ソロモン王」が、エルサレム神殿を建設しました。

〈ソロモン王:Wikimedia Commons〉
しかしエルサレム神殿は、のちにローマ帝国(現在のイタリア)によって破壊されました。
現在残っているのが「嘆きの壁」と呼ばれる場所です。

〈嘆きの壁:Wikimedia Commons〉
この壁は神殿の一部だったと考えられており、ユダヤ教徒にとっては非常に神聖な場所となっているのです。

黒い帽子を身に着けている方々は、まさしくユダヤ人です。
訪れた人々が壁に触れて祈りを捧げる為、人の背の高さの壁の部分が黒ずんでいるのが分かります。
「嘆き」は神殿の破壊を嘆き悲しむ為に、残された城壁に集まるユダヤ人の習慣を表現しています。
ユダヤ教唯一の神であるヤハウェが宿る場所として、現在もユダヤ人は聖地エルサレムの想いを馳せているのです。
キリスト教にとっての聖地エルサレム
聖地エルサレムは、キリスト教にとっても重要な都市です。
理由は、「イエス・キリスト」がエルサレムで
- 処刑され
- 復活した
とされているからです。
この事実知らなかった方、多いのではでしょうか?
処刑の絵で一番有名な絵は、下記のものだと思います。

〈磔刑(アンドレア・マンテーニャ画、1459年):Wikimedia Commons〉
「イエス・キリスト」はエルサレムのゴルゴタの丘で処刑されました。
ちなみに「ゴルゴタ」はアラム語で「頭蓋骨」を意味し、丘の形状が頭蓋骨に似ていることから名付けられました。
ゴルゴタの丘はエルサレムの城壁の外に位置しており、当時は犯罪人の処刑場として利用されていました。
ユダヤ教とキリスト教の関係性は、以下を読むと何となく理解できると思います!
イエスがエルサレム神殿を頂点とするユダヤ教体制を批判した為、ユダヤ人によって支配者であるローマ帝国へ反逆者として渡されました。
その後、公開処刑である十字架に磔となって処刑されたというものです。
キリスト教の教義においては、「イエス・キリスト」が人類をその罪から救うために、身代わりに磔になったものとされています。
上記の過程を経て、エルサレムには聖墳墓教会という教会があります。

〈ゴルゴタに建っているとされる聖墳墓教会:Wikimedia Commons〉
聖墳墓教会は「イエス・キリスト」が埋葬された場所とされており、キリスト教徒の巡礼地となっています。
処刑から三日後に、「イエス・キリスト」は復活しました。
復活の絵で一番有名なのは、下記の絵だと思います。

〈『キリストの復活』(18世紀・ポーランド):Wikimedia Commons〉
聖地エルサレムは「イエス・キリスト」が処刑されて復活した場所なので、重要じゃない訳がありません。
キリスト教は
熱心なキリスト教徒は、実際に足を運んでいます。
イスラム教にとっての聖地エルサレム
聖地エルサレムは、イスラム教にとっても重要な場所です。
イスラム教の伝承では、預言者「ムハンマド」が天に昇った場所とされています。
この出来事を夜の旅(イスラーとミウラージュ)と呼びます。
(めっちゃかっこいい名前ですね)
イスラム教の経典であるコーランには、ムハンマドが神の意志により聖地メッカからエルサレム神殿まで一夜で旅をして、神の前に昇天したようです。
昇天した場所に建てられているのが、岩のドームという金色の屋根の建物です。

〈岩のドーム:Wikimedia Commons〉
岩のドームはエルサレムを象徴する建物として有名です。
エルサレムがイスラム教の聖地として重要視され始めたのは、20世紀に入ってからです。
また、エルサレムはメッカ・メディナと同格の聖地ではない事も覚えておきましょう。
聖地メッカ・メティナは、異教徒の立ち入り・樹木の伐採や狩猟すら禁止されています。
ただ格は下だと言っても、重要な場所に変わりはありません。
聖地メッカ
聖地メッカの概要
聖地メッカはイスラム教にとって、最も重要な聖地です。
サウジアラビア西部にあります。
まずはサウジアラビアの場所を確認しましょう!

〈サウジアラビア:Wikimedia Commons〉

イスラム教の信者はムスリムと呼ばれますが、ムスリムは一生に一度はメッカを訪れることが理想とされています。
この巡礼をハッジ(大巡礼)といいます。
世界中のムスリムがこの巡礼のためにメッカを訪れるため、巡礼の時期になると数百万人もの人々が集まります。
メッカの市街の様子です。

〈メッカの市街:Wikimedia Commons〉
聖地メッカのカアバ神殿
メッカの中心には、「カアバ神殿」というイスラム教で最も神聖な建物があります。

〈カアバ神殿:Wikimedia Commons〉
カアバ神殿は黒い布で覆われた立方体の建物です。
イスラム教徒が礼拝するとき、世界のどこでもカアバ神殿の方向を向いて祈ります。
そのためカアバ神殿は、イスラム教の信仰の中心と言える存在です。
カアバ神殿の一角には黒石(ブラックストーン)と呼ばれる石が埋め込まれており、巡礼者は石に触れたり、口づけしたりして祈りを捧げます。
とんでもない人数が巡礼に訪れている事が分かりますね。
ムハンマドが生まれた場所
聖地メッカは、イスラム教の創始者である預言者「ムハンマド」が生まれた都市です。

〈天使ジブリールから啓示を受けるムハンマド:Wikimedia Commons〉
「ムハンマド」はメッカで神の啓示を受け、イスラム教を広めようとしました。
しかし当時のメッカでは反対する人々も多く、「ムハンマド」はメディナへ移住することになります。
この出来事はヒジュラ(聖遷)と呼ばれ、イスラム教の歴史の大きな転換点となりました。
聖地メッカはイスラム教徒しか入れない
メッカはイスラム教にとって非常に神聖な場所であるため、イスラム教徒以外の人が立ち入る事は出来ません。
メッカに入る道路にはチェックポイントがあり、イスラム教徒かどうかを確認されます。

〈メッカ付近の高速道路にある、イスラム教徒以外入域禁止の看板:Wikimedia Commons〉
イスラム教ではメッカを「聖域(禁止区域)」と評しています。
日本人からすると、宗教で神聖な場所ってパッと思いつかないですよね。
ムスリムに変装しメッカを訪れる異教徒がいますが、中には処刑された者もいるそうです。
それほど彼らにとって、唯一無二の場所なのです。
聖地メディナ
聖地メディナの概要
イスラム教にとってメッカに次いで2番目に重要な聖地です。
聖地メッカと同じく、サウジアラビア西部にあります。

聖地メッカと比べて、少し内陸に位置しています。
聖地メディナは、「ムハンマド」が晩年を過ごした場所として知られています。
下の写真はメディナの様子です。

とてもステキな街並みですね。
元々「ムハンマド」はメッカでイスラム教を広めようとしていました。
しかし当時のメッカでは反対する人も多く、ムハンマドは信者達と共にメディナへ移住しました。
この出来事はヒジュラ(聖遷)と呼ばれています。
ムハンマドの墓がある
メディナが聖地とされる最大の理由は、「ムハンマド」の墓があることです。
メディナには預言者のモスク(マスジド・アン=ナバウィ)と呼ばれる巨大なモスクがあります。

〈預言者のモスク:Wikimedia Commons〉
「モスク」=「イスラム教徒が礼拝を行うための宗教施設」を指します。
預言者のモスクの中には、ムハンマドの墓があります。
写真右下の緑色のドームがムハンマドの墓です。
既にお察しの通り、イスラム教徒にとって非常に神聖な巡礼地となっています。
つまり、
- メッカ → イスラム教の信仰の中心
- メディナ → ムハンマドゆかりの都市
という違いがあります。
巡礼ではまずメッカを訪れ、その後メディナを訪れる人が多いようです。
ムハンマドが生まれた場所から、晩年を過ごした場所へと移動する感じですね。
2つの都市は、イスラム教の歴史と信仰を象徴する場所となっているのです。
聖地メディナはイスラム教徒しか入れなかった
聖地メッカと同様、イスラム教としか入れない神聖な場所でした。
聖地メディナの街自体も聖地メッカと並んで、アル・ハラマイン(二つの聖なる都)と呼ばれています。

イスラム教徒以外は市内への立ち入りが厳しく制限されていましたが、2019年以降は異教徒でも入れるようになりました。
しかし、預言者のモスクやクバー・モスクなどの内部へは依然として入れません。
それでも、建物のすぐ近くから見られるようになりました。
最後に預言者のモスクの中庭をお見せします。

〈預言者のモスクの中庭:Wikimedia Commons〉
凄い厳かな空間です。
世界の4人に1人が侵攻しているイスラム教は、今日も人々の支えになっているのです。
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