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【戦国時代の転職王・藤堂高虎】7回も主君を変えた男から学ぶ「転職で失敗しない考え方」

戦国時代の武士は「一度仕えた主君に一生仕える」、そんなイメージを持っている人も多いかもしれません。

しかし実際には、戦国時代は「転職」が当たり前の時代でした。

中でも有名なのが、7回以上も主君を変えた武将・藤堂高虎(とうどう たかとら)です。

彼は何度も転職しながら出世し、最終的には大名に成り上がった人物でした。

では、なぜ藤堂高虎は何度も転職して成功できたのでしょうか?

この記事では、

  • 戦国時代の転職事情
  • 藤堂高虎の転職の考え方

をわかりやすく解説します。

そして最後に、現代で「転職に失敗しないための方法」についても紹介します。

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戦国時代は「転職」が当たり前の時代だった

まず大前提として、戦国時代の転職とはどういうものだったのでしょうか?

戦国時代の武士にとって、「主君を変えること=転職」にあたります。

現代と戦国時代を比較すると、

  • 会社を辞める→新しい会社に就職する
  • 北条氏を辞める→上杉氏に仕える

上の2つは全く同じ事です。

特に戦国時代は、

  • 戦が多い
  • 人手不足
  • 実力が評価されやすい

という背景があり、能力があれば転職して出世できる時代でした。

まさに、現代の「売り手市場」に近い状況だったと言えるでしょう。

7回以上転職した男・藤堂高虎とは?

「藤堂高虎」は、戦国時代でも特に有名な「転職武将」です。

〈藤堂高虎:Wikimedia Commons〉

彼は生涯で7回以上も主君を変えたことで知られています。

現代の感覚でも、7回会社変えたって聞くと、とんでもない人物だと思いますよね。

ただし重要なのは、むやみに転職したわけではないという点です。

彼の転職は、すべて 将来を考えた選択でした。

代表的な転職の流れを簡単に紹介すると、

  • 浅井家に仕える
  • 織田家系の武将に仕える
  • 豊臣秀吉の家臣となる
  • 徳川家康側につく

このように、時代の流れを読みながら転職を重ねていった人物だったのです。

藤堂高虎の転職履歴

浅井長政への出仕

元々藤堂家は近江国の小領主でしたが、時代の流れで没落していました。

〈近江国:Wikimedia Commons〉

成長した「藤堂高虎」は北近江の戦国大名・「浅井長政」に仕えるようになりました。

初めての転職です。

〈浅井長政:Wikimedia Commons〉

姉川の戦いでは大きな武功を挙げ、一目置かれるようになります。

しかし、気性が荒い「藤堂高虎」は同僚と喧嘩する事が多く、人間関係のもつれから退職しました。

阿閉貞征への出仕

「阿閉貞征(あつじさだゆき)」は浅井家の旧臣だった人物です。

浅井家は織田家に滅ぼされた為、家臣達は独立していました。

「阿閉貞征」は「藤堂高虎」の実力を知っていた為、家臣として取り立てました。

しかし同僚が自分の指示に従わず殺害し、阿閉家を退職しました。

磯野員昌への出仕

「磯野員昌(いそのかずまさ)」も浅井家の旧臣だった人物です。

〈磯野員昌:Wikimedia Commons〉

仕えてからすぐ織田信長と対立する事案が発生し、磯野家が没落してしまいます。

今回は「藤堂高虎」に非があった訳ではありませんが、転職を余儀なくされました。

織田信澄への出仕

「織田信澄」は「織田信長」の甥にあたります。

「磯野員昌」が織田家に降伏し、佐和山城が織田家の手に渡ります。

「藤堂高虎」はこれを好機と捉え、「織田信澄」に仕官する事になりました。

ただ扱いがあまり良くなかったようで、「織田信澄」の親衛隊と喧嘩し退職しました。

豊臣秀長への出仕

「磯野員昌」からの推薦もあり、「豊臣秀長」に仕える事になりました。

〈豊臣秀長:Wikimedia Commons〉

豊臣秀吉の弟で、豊臣政権の縁の下の力持ちです。

非常な温厚な人物で、多くの人から信頼を集めていました。

「豊臣秀長」が多くの人との交流を持っていた事も有り、「藤堂高虎」もこの時期に人脈を広げていきました。

「徳川家康」とのコネもこの時期に作りました。

今まで転職しまくってきた「藤堂高虎」ですが、「豊臣秀長」と相性が良かったようで、「豊臣秀長」が亡くなるまで仕え続けました。

豊臣秀保への出仕

「豊臣秀長」が亡くなり、1591年に甥で養子でもある「豊臣秀保」に仕えました。

〈豊臣秀保:Wikimedia Commons〉

この頃は文禄の役に従軍し、朝鮮軍と死闘を繰り広げました。

1595年に「豊臣秀保」が亡くなると、出家して高野山に籠る事になります。

しかし武才を惜しんだ「豊臣秀吉」から繰り返し声がかかり、還俗しました。

加増されて伊予国板島(現在の宇和島市)7万石の大名となりました。

ここで正式に国持ち大名になり、誰かに仕えるのは一旦終わりを迎えます。

徳川家康への出仕

「豊臣秀吉」が亡くなると、日本は天下分け目の決戦を迎えます。

関ヶ原の戦いです。

「藤堂高虎」は豊臣家に恩はありましたが、将来性を感じた「徳川家康」を選び、徳川家への従軍を選びます。

〈徳川家康:Wikimedia Commons〉

「大谷吉嗣」や「石田三成」との激戦を経て、関ヶ原の戦いの勝利に大きく貢献しました。

「徳川家康」が江戸幕府を開くと、徳川家の重臣として仕えました。

大坂冬の陣にも従軍し、大激戦を繰り広げながら信頼を獲得しました。

「徳川家康」が亡くなった後は、2代将軍・「徳川秀忠」にも仕えその生涯を閉じました。

このように、「豊臣秀長」との出会いから、「藤堂高虎」の運命が大きく好転したと言えるでしょう。

現代の転職は「戦国時代より有利」

戦国時代の転職は、

  • 命の危険がある(不忠義者として、切られる可能性)
  • 失敗すれば浪人(無職で生活保護も勿論ない)

という、非常に厳しいものでした。

それに比べて現代は、

  • 情報が手に入る
  • 企業を比較できる
  • サポートを受けられる

という、圧倒的に有利な環境があります。

特に20代の場合、

  • 第二新卒
  • 早期離職
  • 未経験転職

でも、十分やり直しができる時代です。

転職で失敗しないための方法

転職でよくある失敗は、

  • 一人で転職活動を進めてしまう
  • 自分に合わない会社を選んでしまう
  • ブラック企業に入ってしまう

といったものです。

転職に限らず失敗しない為には、その道に長けた人に教わるのが一番の近道です。

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まとめ:転職は「戦国時代より安全」な時代

「藤堂高虎」は何度も転職しながら成功をつかんだ武将でした。

しかし当時の転職は、

  • 命がけ
  • 情報が少ない
  • 失敗すれば生活できない

という、非常に厳しいものでした。

それに比べて現代は、サポートを受けながら安全に転職できる時代です。

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