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【リットン調査団の派遣!】挙国一致内閣の成立と国際連盟の脱退!

皆さんこんにちは!

今回は挙国一致内閣の成立と国際連盟の脱退を解説します!

満州事変が勃発し政府が軍部をコントロール出来なくなりました。

次第に軍部の行動がエスカレートし、国際連盟からも目を付けられるようになります。

国際連盟と縁を切り国際社会で孤立した日本は、どうなってしまうのでしょうか?

憲政の常道が終焉した後の日本を確認していきましょう!

↓前回の内容はこちらをご覧ください!!↓

斎藤実 内閣

五・一五事件により、「犬養毅」が暗殺され、総辞職となりました。

〈犬養毅:Wikimedia Commons〉

暴力により、憲政の常道が終わりを告げたのです。

もはや政党内閣では軍を抑える事は出来ないと悟り、軍人が総理大臣を務めます。

しかし軍人では、日本が直面する難局を乗り越える事は出来ません。

ここからは終戦を迎えるまで、軍を中心に据えながら立憲政友会・立憲民政党・貴族院などとも協力する、「挙国一致内閣」が成立します。

総理大臣は海軍大将の「斎藤実」です。

〈斎藤実:Wikimedia Commons〉

元老の「西園寺公望」によって選ばれました。

〈西園寺公望:Wikimedia Commons〉

大蔵大臣は「高橋是清」が続投します。

〈高橋是清:Wikimedia Commons〉

〈1932年 9月15日 日満議定書 調印〉

内容は

日本が満州国を承認した

です。

〈日満議定書の署名・調印:Wikimedia Commons〉

「犬養毅」は満州国の建国に反対していました。

その結果陸軍が暴走し、暗殺されてしまいましたよね。

新しく総理大臣になった「斎藤実」は、承認する以外に道は残されていなかったのです。

〈1932年 10月2日 リットン調査団 報告書を提出〉

2月に来日したリットン調査団から、調査報告が開示されました。

〈リットン調査団:Wikimedia Commons〉

リットン調査団の調査報告をざっと纏めてみました。

  • ①中華民国は満州における日本の権益を侵害した
  • ②日本の満州国の建国はやり過ぎ
  • ③満州国は日本の傀儡国家である
  • ④満州は中華民国の領土として、国際連盟が管理する
  • ⑤日本の既得権益は引き続き承認し、日本人顧問を採用する

ここで大事なのは、「満州国が認められなかった」という事実です。

リットン調査団の報告は、自作自演の日本にかなり譲歩したものです。

1921年の「九ヶ国条約」に基づき、日中双方に何とか納得して貰えるような報告内容にしたのです。

しかし関東軍は漫遊国が認められなかった事実に猛反発し、暴走が加速します。

関東軍の暴走

関東軍は報告書の内容に納得がいきません。

もはや国際連盟をガン無視して、満州国の勢力範囲拡大を目指します。

勿論中国軍と戦いになりますが、関東軍は気迫で撃退してきます。

最終的に政府の許可なく、中国の「熱河省」を武力で制圧してしまいます。

〈熱河省:Wikimedia Commons〉

関東軍の行動は中華民国を焦らせました。

理由は主要都市の「北京」が目前に迫っているからです。(当時の首都は南京」です)

〈北京:Wikimedia Commons〉

このまま関東軍が満州国を拡大すれば、北京が奪われてしまうのは分かり切っています。

中華民国は妥協の提案を日本に提示する事になります。


満州国拡大と並行して、中華民国は国内では「蒋介石」率いる「国民党」と、「毛沢東」率いる「共産党」で争っています。

〈蒋介石:Wikimedia Commons〉

〈毛沢東:Wikimedia Commons〉

「蒋介石」の有名な言葉に

日本軍は「皮膚病」だが、共産党は「心臓病」だ

という言葉があります。

日本に妥協するのは、「国内の内戦に集中したいから」という事情もあったのです。

〈1933年 2月24日 国際総会 開催〉:国際連盟脱退

リットン調査団の報告書が、国際連盟で審議されました。

日本に以下の内容を、「対日勧告案」として提案してきました。

①日本軍の満州国からの撤兵

②満州国の承認取り消し

実際に国際連盟参加の45ヶ国で決議が取られました。

賛成:42、反対:1(日本)、棄権:1(タイ)、投票不参加:1(チリ)

で、対日勧告案が採択されてしまいます。

結果

日本代表の「松岡洋右」は、対日勧告案は受け入れられないとし、国際連盟脱退を表明します。

〈松岡洋右:Wikimedia Commons〉

実際に

「もはや日本政府は連盟と協力する努力の限界に達した」

と席上で発言し、会議の場から退場しました。

欧米列強は今まで好き放題植民地化や奴隷貿易など、自国の利益ばかりを優先してきました。

我々日本人からしたら、一体どの口が言ってんだって話ですよね。

国際連盟の脱退は、日本を国際社会から孤立させました。

〈1933年 5月31日 塘沽停戦協定〉:満州事変の終結

中華民国は日本に妥協案を提示します。

河北省塘沽で、停戦協定が結ばれました。

塘沽停戦協定の内容は以下の通りです。

①中国軍は満州国から撤兵する

熱河省を巡って両軍が衝突していました。

停戦協定の名前の通り、中国軍が引き揚げる事で、戦争継続を望まない姿勢を表しています。

②満州国と中華民国との間に「非武装地帯」を設ける

この内容が非常に重要です。

「非武装地帯」に「北京」が入っています。

そもそもこの協定は「北京」を占領されないようにする、中華民国の妥協案です。

両国が侵攻出来ないよう取り決める事で、「北京」を守ったのですね。

もう1つ大事な事は、「中華民国が満州国を認めたも同然」という事です。

協定の内容の中身に「満州国」という単語がしっかり入っています。

中華民国は抗議する姿勢から、守りの姿勢に切り替えたとも取れますね。

〈1934年 1月17日 帝人事件〉:総辞職の原因

あまり知られていない事件だと思います。

1927年に金融恐慌の影響受けて倒産した「鈴木商店」を覚えているでしょうか?

〈鈴木商店:Wikimedia Commons〉

「帝国人造絹絲株式会社(現帝人)」は「鈴木商店」の系列会社でした。

〈帝人の本社:Wikimedia Commons〉

「帝国人造絹絲株式会社」の株式を巡って、不正な取引が行われたという疑獄事件です。

「帝人」は業績が良好で株価が上がった為、株式を持っていれば儲けられます。

元鈴木商店の「金子直吉」が株を買い戻すため、文る財界人グループに働きかけ11万株を買い戻しました。

〈金子直吉:Wikimedia Commons〉

財界人の中には内閣で文部大臣を務める「鳩山一郎」の名前もありました。

〈鳩山一郎:Wikimedia Commons〉

その後帝人が増資を決定した為、株価は大きく値上がりした。

当然「金子直吉」は大儲けに成功します。

しかし新聞に帝人株をめぐる贈収賄疑惑を取り上げられると、当然非難の対象になります。

次第に内閣への批判が高まり、内閣は総辞職しました。

受験生の方へ

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 日本史一問一答【完全版】3rd edition [ 金谷 俊一郎 ]

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