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【モラトリアム発令!】戦後恐慌・震災恐慌・金融恐慌の流れを徹底解説!

皆さんこんにちは!

今回は戦後恐慌・震災恐慌・金融恐慌の流れを解説していきます!

昭和時代に入り、日本は超不景気に突入しています。

第一次世界大戦と関東大震災の影響を受け、企業が次々と倒産していきます。

政府はどんな政策で国難を乗り切るのでしょうか?

流れを詳しく見ていきます!

↓前回までの内容はこちらからご覧ください!!↓

第1次 若槻礼次郎 内閣

1926年の1月に「加藤高明」が病死しました。

内閣は総辞職し、憲政会の総裁の「若槻礼次郎」が後を引き継ぎます。

〈若槻礼次郎:Wikimedia Commons〉

〈1927年 3月14日 片岡直温大蔵相 失言〉:金融恐慌の始まり

日本が狂い始める発端となった金融恐慌が始まります。

金融恐慌を抑えるには、流れを正しく理解しておく必要があります。

経緯を詳しく確認していきましょう!

経緯

1914年からの第一次世界大戦により、日本に好景気に入りました。

戦場はヨーロッパなので日本に直接の被害はなく、物が飛ぶように売れたからです。

武器や食料・衣類など、戦争になると多くの物資が必要になります。

戦争中に物資を買い渋る国は無いので、日本に大量の注文が入りました。

この好景気を「大戦景気」と呼びます。

「大戦景気」によって多くの富を築いた人を、「成金」と呼びます。

〈成金:Wikimedia Commons〉

「成金」という言葉は「将棋」から来ています。

一番弱い駒が出世すると強い駒と同じ能力を得られ、その出世した駒を「成金」と呼ぶのです。

その意味と掛けて、庶民が莫大な財産を手に入れる事を「成金」と呼ぶようになりました。


第一次世界大戦が終結すると、一気に不景気に突入します。

ヨーロッパは徐々に復興し、今までのような大量の注文も無くなるからです。

大戦終結による不景気を「戦後恐慌」と言います。

お金を借りる時に「銀行」から貰う借金証書を「手形」と言い、その資金を元手に事業を運営している経営者も沢山いました。

企業同士がやり取りする時も、直接現金ではなく「手形」を使って取引が行われます。

〈手形:資金調達BANK〉

しかし一気に経営が傾き、倒産する企業も当然多数存在します。

会社が倒産しお金を回収できなくなった手形を「不渡手形」と呼びます。

「会社が倒産か残念だね」で終わりと思うかもしれませんが、一番ヤバいのは「銀行」です。

貸してたお金が返って来ないと、他の人にお金を貸せなくなり、銀行」として事業が上手くいかなくなるからです。

ただでさえ「銀行」はピンチなのに、追い打ちをかける出来事が発生します。

1923年の「関東大震災」により会社が消失し、返済不能になった「不渡手形(=震災手形)」が大量に発生したのです。

多くが経営不振に陥り、倒産目前の「銀行」が多数存在しました。

「関東大震災」による経営悪化を「震災恐慌」と言います。

結果

金融恐慌の発端は、当時の大蔵大臣の「片岡直温(なおはる)」が衆議院予算委員会で

「東京渡辺銀行がとうとう破綻を致しました」

と失言した事です。

〈片岡直温:Wikimedia Commons〉

しかも「東京渡辺銀行」は破綻していなかったので、完全に意味が分からない発言です。

銀行にお金を預けている人からすれば、貯金が一切引き出せなくなるので、ガチで人生のピンチです。

東京渡辺銀行に貯金を引き出す為、人が殺到しました。

この騒動を「取り付け騒ぎ」と言います。

〈1927年 3月23日の取り付け騒ぎ:Wikimedia Commons〉

「東京渡辺銀行」だけでなく、他の銀行も同じように「取り付け騒ぎ」が発生しました。

資金繰りが苦しくなり、手元にお金が無くなった銀行が次々倒産しました。

銀行が次々倒産する事を「金融恐慌」と言います。

政府は「日本銀行」に「不渡手形=(震災手形)」を買い取らせ、金融恐慌からの脱却を目指します。

しかし、ここで政府にとどめを刺す出来事が起こります。

〈1927年 4月17日 枢密院 台湾銀行救済勅令案を否決〉

何の事を言ってるか分からないと思うので、詳しく説明します。

簡単に言うと、「政府のお偉いさん達が、台湾銀行を救う政策を却下した」です。

理由を見ていきましょう。

経緯

資金繰りが苦しくなっているのは、日本本土の銀行だけではありません。

日清戦争で手に入れた台湾の「台湾銀行」も、破綻の危機にありました。

〈台湾銀行:Wikimedia Commons〉

台湾銀行の大きな取引先に「鈴木商店」がありました。

〈鈴木商店:Wikimedia Commons〉

「鈴木商店」は、日用品・保険や海運業を営む大財閥です。

しかし不景気の影響を受け、「不渡手形」が発生していました。

「台湾銀行」は「鈴木商店」に多くのお金を貸していた為、資金繰りが苦しくなります。

政府は「台湾銀行」が受け取った「不渡手形」も、「日本銀行」に補償させようとします。

しかしその金額が最大2億円と見積もられました。

当時の国家予算が15億円なので、とんでもない金額なのが分かります。

本当は見捨てたいのですが、「台湾銀行」は東南アジアとの貿易の中枢となる銀行だった為、見捨てたら日本経済が本当にオワります。

このピンチを救うべく、総理大臣の「若槻礼次郎」は「昭和天皇」から2億円を補償する「緊急勅令」を貰おうと考えます。

〈昭和天皇:Wikimedia Commons〉

しかし天皇にアドバイスをする「枢密院」が、緊急勅令案を却下しました。

なぜでしょうか?

理由は「憲政会」の外交政策です。

「憲政会」は「協調外交」な為、国民の意見第一で「軍縮」などを積極的に行います。

その外交政策に「枢密院」は反対していた訳です。

日本経済のピンチに、なんとも見苦しいですよね。

結果

結局有効な対策が打てないまま、「台湾銀行」は休業となりました。

金融恐慌は更に深刻化し、「若槻礼次郎」内閣は総辞職しました。

田中義一 内閣

「憲政会」が有効な対策打てなかった為、次は「立憲政友会」が政権を担当します。

憲政の常道に従っていますね。

「立憲政友会」は「積極外交」な為、「枢密院」のメンバーも納得しました。

「立憲政友会」の総裁、「田中義一」が内閣を組織します。

〈田中義一:Wikimedia Commons〉

〈1927年 4月22日・23日 モラトリアム(支払い猶予令) 発令〉

「モラトリアム」=「銀行に現金を引き出させない様にする政策」を指します。

現金を引き出せなくする事で、「取り付け騒ぎ」を強制的に鎮静化しました。

2日間で現金を大量に発行させ、各地の銀行に配りました。

紙幣の発行が間に合わず、今回だけ「裏面が印刷されていない紙幣」が発行されたほどです。

〈裏面が印刷されていない紙幣:Wikimedia Commons〉

モラトリアムが解除され銀行に行くと、そこには大量の現金が置いてあります。

引き出すお金がある事に、国民は安心しました。

「取り付け騒ぎ」も次第に終息しました。


「台湾銀行」に関しても、「枢密院」が勅令案にOKを出した為、破綻する事無く存続しました。

こうして金融恐慌を乗り切ったのです。

〈1927年 5月27日 第一次山東出兵〉

「山東」=「中国の山東省」を指します。

〈山東省:Wikimedia Commons〉

なぜ日本が中国に出兵したのでしょうか?

理由を詳しく見ていきます!

経緯

日本が恐慌で苦しんでいる頃、中華民国では「軍閥」と呼ばれる地方政権が、各地で台頭していました。

中華民国政府に従わず、いわば独立国家のような感じで土地を支配していたのです。

各地の軍閥を退治し中華民国を統一する為、「北伐」を開始します。

中華民国の軍隊を「国民革命軍」と言います。

中華民国のトップは「蒋介石」です。

〈蒋介石:Wikimedia Commons〉

「北伐」は日本にとって、非常に都合が悪いです。

折角手に入れた南満洲鉄道の権益を、中華民国に奪い返される可能性があります。

日清戦争・日露戦争で多くの犠牲を出してきた日本にとって、それだけは許せません。

結果

「北伐から日本人を保護する」という名目で、「山東出兵」を行いました。

イギリスやアメリカも、中華民国の勢力が拡大するのを恐れていた為、日本の政策に反対はしませんでした。

しかし満州をホームにする軍閥のリーダー「張作霖」が反日の立場を示しました。

〈張作霖:Wikimedia Commons〉

理由は簡単で、「満洲を日本の保護国化する構想」と対立したからです。

「立憲政友会」が政権を担当しているので、積極外交が展開されています。

日本の植民地をどんどん増やそうとする政策です。

「張作霖」は自分の権力基盤が脅かされると感じて、日本に対抗する意思を示したのです。

中国の情勢に関しては別途解説を出します、少々お待ちください!!

〈1927年 6月1日 立憲民政党 誕生〉

「立憲民政党」は「憲政会」と「政友本党」が合併して誕生しました。

「立憲政友会」に対抗できる大政党を作るのが目的です。

「加藤高明」内閣の時に「憲政会」が第一党になったので、「憲政会」が一番大きい政党だと思ってた方も多いかもしれません。

しかし実際は「立憲政友会」が一番大きい政党です。

衆議院で第一党になれば与党になれるので、「立憲政友会」に対抗しようと考えたのですね。

〈1928年 2月20日 第1回普通選挙〉

1925年に公布された「普通選挙法」に基づき、初めての普通選挙が実施されました。

↓普通選挙法に関してはこちらで解説しています!!↓

各政党の得票数は以下の通りです。

注目して欲しいのは「その他」です。

「その他」の内、8票は「無産政党」が獲得しました。

「無産政党」は共産主義を掲げている訳ではありませんが、農民や労働者が主なサポーターです。

ですので共産主義的な考えを持っている合法的な政党です。(共産主義を掲げると治安維持法により逮捕されます)

政府は無産政党の躍進を恐れ、共産主義に対する弾圧を強めていきます。

〈1928年 3月15日 三・一五事件〉

共産党員を一斉に検挙し、強制的に逮捕しました。

「労働農民党」などの将来共産主義化しそうな団体も、結社禁止にしました。

「日本労働組合評議会」も共産党との関連を理由に、解散させられました。

とにかく共産主義を根絶やしにしたいのです。

〈1928年 6月4日 張作霖爆殺事件(満洲某重大事件)〉

経緯

南満洲(遼東半島)を守る日本の軍隊を「関東軍」と言います。

遼東半島を「関東州」と呼んでいた為、軍隊も「関東軍」と呼ばれるようになりました。

「関東軍」の参謀である「河本大作(だいさく)」が日本政府に無許可で、 「張作霖」暗殺を実行に移しました。

〈河本大作:Wikimedia Commons〉

理由は 「張作霖」が満州を支配する上で、邪魔になったからです。

結果

「張作霖」は北伐を迎え撃つ為、「北京」を出発し自身のホームである「満州」に鉄道で向かっていました。

その途中の「奉天」付近で列車が当然爆発し、「張作霖」は亡くなりました。

〈張作霖爆殺現場:Wikimedia Commons〉

日本では「満洲某重大事件」として処理され、内容は国民に伝えられませんでした。

国民に事件の真相が知れ渡ったのは、太平洋戦争終結後の東京裁判でした。


「田中義一」は実行犯を軽い処分で済ませました。

積極外交の方針を取っている以上、ある程度は仕方ないと思っていたのかもしれません。

しかしこの処分に「昭和天皇」が苦言を呈します。

「人を殺しておいて、それはない」と叱責したのです。

天皇からの信頼を失い、「田中義一」内閣は総辞職しました。

〈1928年 6月29日 治安維持法 改正〉:特別高等課を全国に設置

第一回普通選挙の結果を受けての政策です。

治安維持法に最高刑を「死刑」に変更しました。

1925年制定時の最高刑は「無期懲役」でしたが、もっと重い罪が課せられます。

「死刑」にすれば、共産主義の抑止力になると考えているのですね。


治安維持法の改正に伴い、「特別高等課」が全国に設置されました。

「特別高等課」=「共産主義者を取りしまる秘密警察」です。

1910年の「大逆事件」の際には、東京のみに設置されていました。

弾圧強化に伴い、全国に設置されました。

〈1928年 4月16日 四・一六事件〉

再び共産党員が一斉検挙された事件です。

共産党の幹部が全員逮捕されました。

「三・一五事件」の際には上手く身を隠していました。

しかし「特別高等課」の全国設置に伴い、監視の目が強化され逮捕されてしまいました。

〈1928年 12月29日 張学良 中華民国政府に投降〉

「張作霖」の息子の「張学良」は、北伐を進める「蒋介石」に投降しました。

国民政府と連携する事で、日本に対抗する意思を示したのです。

〈張学良:Wikimedia Commons〉

父を殺されているので当然ですよね。

こうして満州を巡る中華民国と日本の熾烈な争いが激化していくのです。

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