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【インフレとデフレ】大隈財政と松方財政!

皆さんこんにちは!

今回は皆さんが苦手とする、経済政策について見ていきます!

経済は様々な要因が絡み合っているので、政治・戦争・外交など多角的に捉える必要があります。

登場人物と行った政策を確認しながら、明治時代の流れを掴みましょう!

↓税金関係についてはこちらで解説しています!!↓

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インフレーションの始まり

〈1868年1月3日 〜 1869年5月18日 戊辰戦争〉

江戸時代の終焉により、「戊辰戦争」が開戦します。

「新政府軍」vs「旧幕府軍」の戦いですね。

期間自体は1年ほどしかありませんが、日本各地で戦いが起きているので多額の戦費が発生しました。

明治政府は戦費を補填する為に、「不換紙幣」を発行しました。

「不換紙幣」=「金や銀と交換する事が出来ない紙幣」を指します。

※現在使用している私達のお金も不換紙幣です。

〈2025年時点の一万円札(不換紙幣):Wikimedia Commons〉

逆に「金や銀」と交換する事が出来る紙幣を「兌換(だかん)紙幣」と言います。

市場に多くのお金が流通するとお金の価値が下がり、相対的に物価が上がります。

「戊辰戦争」によって大量の不換紙幣を発行したので、インフレーションに突入しました。

〈1873年 〜 1880年 大隈財政〉

明治政府の政策責任者「大隈重信」が「大蔵卿」に就任しました。

〈大隈重信:Wikimedia Commons〉

当時はまだ内閣制度が日本に無いので、「大臣」を「卿」と呼んでいました。

「大蔵卿」はお金を担当する責任者です。

日本の金融史を大きく変えた「大隈重信」の政策を詳しく見ていきます!

〈1871年 5月10日 新貨条例〉

「大隈重信」が「大蔵卿」に就任する前の政策です。

新たな銀貨の「円」を制作しました。

江戸時代までのお金は「小判(金貨・銀貨)や藩札」が流通していました。

〈備後福山藩の藩札:Wikimedia Commons〉

東日本では「金貨」がメイン、西日本では「銀貨」がメイン、藩ごとに藩札など全く統一されていませんでした。

交易しやすくする為に、「田沼意次」は「南鐐二朱銀」を鋳造していましたよね。

新しい時代に併せて、お金を日本全体で統一しようと考えたのです。

「1円」=「小判一両」として、流通を開始しました。

※現在の1円とは全く価値が異なります。

〈1872年 11月15日 国立銀行条例〉

まず抑えたいのが「国立」とありますが、国ではなく「民間」が建てたものです。

銀行を設立する際、アメリカの「ナショナルバンク」をモデルにしました。

「ナショナル」=「国立の・国家の」という意味なので、そのまま訳して国立銀行条例という名前です。


設立された「国立銀行」には「円の発行権」を与えました。

この円は「兌換紙幣」です。

「金や銀の裏付けが取れる量」までしか発行する事は出来ません。

急激にお金の価値が上がるので、世の中はデフレーションに突入します。

しかし当時金も銀も少量しか保有していなかった日本では、あまり上手く機能しませんでした。

お金が足りず流通に支障が出てしまう程でした。

〈1876年 8月1日 国立銀行条例 改正〉

改正の内容は、

金貨・銀貨と交換する義務が廃止(=不換紙幣化)

銀行券の信用は「国が保証する」仕組みに変更

の2点です。

結局明治政府が行う政策には、お金がかかります。

「兌換紙幣」だと政策に制限が出てしまうのです。

「不換紙幣」を認める事で、資金調達が格段にしやすくなりました。

国立銀行も全国で、154行まで増えました。

インフレーション再び

〈1877年 2月15日 〜 9月24日 西南戦争〉

不平士族最後の反乱「西南戦争」が発生しました。

今までで最大規模の反乱で、30000万人が挙兵しました。

明治政府は絶対に負けられないので、多額の戦費を投じて鎮圧にあたります。

国立銀行条例の改定で認められた「不換紙幣」を大量発行し(約4156万円)、何とか鎮圧に成功しました。

↓不平士族の反乱を解説しています、こちらもご覧ください!!↓

しかし世の中に出回るお金の量が増えたので、当然価値が下がります。

一時デフレーションに傾いていた日本経済ですが、「西南戦争」の影響で一気にインフレーションに突入しました。

大隈財政は行き詰まりを見せてしまったのです。

〈1881年 10月 明治14年の政変〉:伊藤博文が大隈重信を政府から追い出す

「開拓使官有物払下げ事件」を「大隈重信」が世間にバラし、自由民権運動を煽ったとして「伊藤博文」に辞めさせられました。

〈伊藤博文:Wikimedia Commons〉

代わりに大蔵卿に指名されたのが「松方正義」です。

〈松方正義:Wikimedia Commons〉

「松方正義」は大蔵卿に就任し、1885年で内閣制度確立されてからも、「大蔵大臣」として経済政策を推し進める人物です。

〈1881年~1891年 松方財政〉

「松方正義」の使命は、「政府の収入を増やし、支出を削る」です。

理由は「世の中に出回った不換紙幣の回収」です。

政府の手元に来た不換紙幣を燃やしてしまえば、世の中に流通するお金の量を減らすことが出来ます。

では、緊縮財政の内容を確認しましょう!

  • ①増税(酒造税・タバコ税の増徴、醤油税、菓子税の新設)
  • ②官営工場の払下げ(民営化)による増収
  • ③銀行の整理:日本銀行 設立・国立銀行条例 再改正・銀兌換銀行券 発行

1つずつ確認していきます!

①増税(酒造税・タバコ税の増徴、醤油税、菓子税の新設)

政府の収入を増やす政策です。

現在もお酒やタバコには税金がかかりますよね。

実はこの当時から既に存在していたのです。

また醤油やお菓子にも税金をかけました。

醤油に関しては、生きていく上で必ず必要になるので、税金の効果は絶大です。

②官営工場の払下げ(民営化)による増収

殖産興業を掲げていた明治政府には、「官営工場」が沢山ありました。

「官営工場」=「国が運営している工場」を指します。

「官営工場」に働くの給料は税金から支払われていますし、工場の維持費なども国が当然管轄しています。

つまり経費が非常にかかるのです。

「松方正義」は工場を民間に委託する事で、経費を削減しようとしたのです。

また発生した利益は法人税で回収できます。

政府としては「税金の徴収と経費の削減」を同時に行える、一石二鳥の政策なのです。

③銀行の整理:日本銀行 設立・国立銀行条例 再改正・銀兌換銀行券 発行

〈1882年 10月10日 日本銀行 設立〉

日本の中央銀行である「日本銀行」が設立されました。

〈日本銀行本店:Wikimedia Commons〉

中学の公民では「銀行の銀行」と習いますよね。

その名の通り、日本で唯一「紙幣の発行権」を持つ銀行として誕生しました。

〈1883年 5月5日 国立銀行条例 再改正〉

今まではそれぞれの「国立銀行」に、紙幣の発行を任せていました。

しかし「日本銀行」の設立を機に、「紙幣の発行権」を取り上げられました。

「国立銀行」という名前も分かりにくいので、「普通銀行」に改められました。

〈1885年 5月26日 銀兌換銀行券 発行〉:銀本位制 確立

金融史を理解する上で、超重要です。

日本が「銀本位制」に移行しました。

「日本銀行」に「銀兌換銀行券」を発行させました。

〈銀兌換銀行券:Wikimedia Commons〉

本当は世界の流行に合わせて「金本位制」に移行したかったのですが、日本にはまだその実力がありませんでした。

松方財政により貿易の見直しや増税によって、海外に流出していた「銀」を取り戻すことが出来ました。

「不換紙幣」から「兌換紙幣」に移行する事で、更なるデフレを狙ったのです。

知ってると凄い!~「銀行」の名前の由来~

皆さんは普段の生活で当たり前のように「銀行」を利用すると思います。

何で「銀行」って言うんだろう?って疑問に思った方いるかもしれません。

「金行」とか「銅行」とか、はたまた別の名前でも良さそうですよね。


世界は金本位制が主流ですが、アジアだけで見れば「銀本位制」が主流でした。

また「銀行」という言葉自体も日本発祥ではなく、中国語で 「お金を扱う施設」 を指した言葉です。

明治に入って海外の「バンク(銀行)」という制度を取り入れました。

日本には「銀行」という制度自体無いので、日本語では該当する言葉が存在しません。

そこで中国語の「銀行」を、「バンク」という言葉に相当させたのです。

上記でも記載したように、日本は銀本位制に移行しました。

なので民間人も「銀行」という言葉に慣れ親しみやすかったと思います。

1897年の「貨幣法」で日本は「金本位制」に移行しますが、既に「銀行」という言葉に慣れてしまったので、「金行」にはわざわざ名称変更しなかったようです。

松方財政の影響:寄生地主制の確立

「松方正義」の政策は効果絶大でした。

世の中に出回った大量の不換紙幣を回収し、一気にデフレーションに突入しました。

しかしその裏では、国民が苦しんでいました。

デフレーションで物の価値が下がり、「米価・繭価」が下落しました。

農民の収入源は「米・繭」の売上なので、一気に困窮化します。

今まで自分の土地を持って年貢を納めていた「本百姓」が解体が急進しました。(土地を売ってお金に換えて、何とか生きていたのです)

同時に「寄生地主制」が一気に進みました。

「寄生地主制」=「土地を持たない農民が、土地を沢山持つ人から土地を借りて、税金を納める制度」を指します。

「寄生地主制」により、地主は土地の賃借料を農民から貰えるので、何もしなくても収入が入ります。

一方で土地を借りた貧困の農民は、ますます生活が苦しくなる一方です。

この格差の広がりが、農民民権や激化事件に繋がっていくのです。

↓農民民権・激化事件について解説しています、こちらもご覧ください!!↓

受験生の方へ

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それが日本史一問一答です。

 

 日本史一問一答【完全版】3rd edition [ 金谷 俊一郎 ]

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例題の答えは、★★=法華、=題目、となります。

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早めに対策した者が受験勉強を制します。

さぁ、日本史を楽しみましょう!

 

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