皆さんこんにちは!
今回は天皇機関説問題と二・二六事件を解説していきます。
天皇機関説問題を皮切りに、陸軍は政治の主導権を奪う動きが本格化します。
また、陸軍の中で対立が生じ、遂にはテロ事件に発展してしまいます。
大物達が襲撃され日本は混沌を極めていき、歯向かえば襲撃される雰囲気が漂っています。
今後の日本の方針が決まる重要な事件を詳しく見ていきます!
↓前回の内容はこちらからご覧ください!!↓
岡田啓介 内閣
「斎藤実」内閣が帝人事件により総辞職しました。

〈斎藤実:Wikimedia Commons〉
後任「斎藤実」の推薦があり、同じ海軍出身の「岡田啓介」が担当します。

〈岡田啓介:Wikimedia Commons〉
挙国一致内閣を作りましたが、明らかに軍隊の色が強くなってきます。
中でも陸軍の存在感は大きく、2つの派閥に分かれていました。
過激派の「皇道派」と、穏健派の「統制派」です。
「皇道派」
皇道派は青年将校が中心です。
血気盛んな若者達に流行っていた考え方というニュアンスです。
どんな手を使ってでも、陸軍中心の政治体制を狙っています。
基本的にテロ事件は皇道派が起こします。
「統制派」
統制派は陸軍の幹部が中心です。
政府や企業と連携をしながら、国家を強くする考え方です。
強い国家を支配しているのが陸軍であれば、理想の政治体制を実現できるビジョンを持っています。
〈1935年 2月18日 天皇機関説 問題化〉
「天皇機関説」って何?って思った方多いと思います。
超ざっくり一言で表すと、
統治権は国家に属し、国の最高機関である「天皇」が各大臣のアドバイスを受けて行使する
という考え方です。
「天皇機関説」と対立する概念として、「天皇主権説」があります。
「天皇主権説」を超ざっくり一言で表すと、
主権は天皇に属し、天皇独裁とも言える
という考え方です。
大日本帝国憲法は「主権」の所有者が明確に記載されておらず、どのように属するか様々な学説が出ていました。
その中でも特に有名な「天皇機関説」を、陸軍中将の「菊池武夫」が問題視しました。

〈菊池武夫:Wikimedia Commons〉
「天皇機関説」を提唱した人物は、「美濃部達吉」です。

〈美濃部達吉:Wikimedia Commons〉
当時の人は天皇を神様のような存在だと解釈していたので、天皇の主権は絶対と考える人が大勢いました。
内閣からの軍事への干渉を排除したい陸軍の皇道派と、野党の立憲政友会が「天皇機関説」に目を付けました。
軍部は特に天皇主権と考えていたので、岡田内閣に対しての攻撃の道具として利用したのです。
「美濃部達吉」は徹底的に追い込まれ、貴族院を辞任させられました。
〈1935年 8月3日 国体明徴声明〉(第1次国体明徴声明)
「天皇機関説」への批判の回答として出されました。
「主権」は天皇に属すると明記する事で、批判の鎮静化を狙いました。
改めて「天皇」は全ての権力を有する、絶対的な存在と位置付けられたのです。
「天皇機関説」が排除されただけと思うかもしれませんが、軍部の圧力で退けたという点が大切です。
「天皇」の存在を盾に、軍部が暴走していきます。
〈1935年 8月12日 相沢事件〉
陸軍内部での争いです。
「相沢三郎」が、敵対する統制派の「永田鉄山」を殺害した事件です。

〈相沢三郎:Wikimedia Commons〉

〈永田鉄山:Wikimedia Commons〉
事件の詳しい内容は覚える必要はありません。
ここで重要なのは、「皇道派が統制派を殺した」という事です。
罰として「皇道派」の役職が減らされて、「統制派」の役職が増やされました。
不祥事を起こしたので、当然と言えば当然です。
しかし、ペナルティを不満に思った「皇道派」が、遂に決定的な事件を起こします。
〈1936年 2月26日 二・二六事件〉
「皇道派」の青年将校が「昭和維新」を掲げて、1400名でクーデターを起こしました。

〈青年将校:Wikimedia Commons〉
岡田内閣を打倒し、皇道派の政権樹立
が目的です。
相沢事件で要職を減らされ、「高橋是清」が軍事拡張予算を却下し、意外にも立憲民政党が多くの議席を取った事で、皇道派は焦っていたのですね。
気に入らない政府の要人を襲撃していきます。
犠牲者を確認していきます。
【死亡】
- 斎藤実
- 高橋是清
- 渡辺錠太郎
【重傷】
- 鈴木貫太郎
【無傷】
- 岡田啓介
超有名人ばかりです。
襲撃された理由を簡単に説明します。
斎藤実
言わずと知れた前回の総理大臣です。
海軍出身であり帝人事件の汚職も目に付いたので、青年将校達にとっては邪魔な存在だったのでしょう。
高橋是清
メインターゲットと言っても過言ではありません。
「高橋是清」は経済の天才でした。

〈高橋是清:Wikimedia Commons〉
昭和恐慌を脱却する為に紙幣を大量に発行し、デフレを解消された超優秀な人物です。
経済を理解していたからこそ、今回の軍事費拡大案は却下しました。
これ以上紙幣を発行すると取り返しのつかないインフレになると、分かっていたからです。
しかし優秀さが青年将校には分からず、邪魔をする者として暗殺されてしましました。
渡辺錠太郎
初めて聞く人物だと思います。
「渡辺錠太郎」は「統制派」の陸軍教育総監を務めていた人物です。

〈渡辺錠太郎:Wikimedia Commons〉
陸軍の教育係なので、当然思想も「統制派」寄りになります。
加えて「渡辺錠太郎」が就任する前に、「皇道派」の教育総監が更迭された事に納得がいってなかった事も理由に挙げられます。
「統制派」の象徴のような人物を排除したかったのですね。
鈴木貫太郎
「鈴木貫太郎」は海軍大将であり、戦前最期の総理大臣を務める人物です。

〈鈴木貫太郎:Wikimedia Commons〉
事件当時は「侍従長」という、天皇のお世話係を務めていました。
「鈴木貫太郎」も青年将校達とは違う考えを持っていた為、ターゲットにされてしまいました。
4発の銃弾浴び、一時は心臓が止まる程の瀕死状態でした。
しかし奇跡的に息を吹き返し、一命を取り留めました。
生涯弾丸が体の中に残ったままだったそうです。
軍人であっても、本当に命がけですね。
岡田啓介
「岡田啓介」は今回のメインターゲットです。
しかし奇跡的に生き残りました。
理由は人違いです。
義弟の「松尾伝蔵」を「岡田啓介」と思い込み殺害して、目標が達成されたと勘違いしたのです。

〈岡田(左)と義弟・松尾伝蔵(右):Wikimedia Commons〉
青年将校達は「岡田啓介」と直接会った事が無かったので、本物かの判別が出来なかったのです。
鎮圧に向けて
なんとここで「昭和天皇」が動きます。

〈昭和天皇:Wikimedia Commons〉
反乱軍を許さず「戒厳令」を発し、鎮圧を命令しました。
「石原莞爾」を中心とする統制派が、反乱を鎮圧しました。

〈石原莞爾:Wikimedia Commons〉
反乱軍に加えて、青年将校に影響を与えていた「北一輝」や「西田税(みつぎ)」が死刑となりました。

〈北一輝:Wikimedia Commons〉

〈西田税:Wikimedia Commons〉
二・二六事件事件を受けて大臣を失い、岡田内閣は総辞職となりました。
後任には岡田内閣で外務大臣を務めていた「広田弘毅」が選ばれます。
受験生の方へ
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さぁ、日本史を楽しみましょう!



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