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今回の和歌
52番 藤原道信朝臣(ふじわらのみちのぶあそん) 『後拾遺集』恋二・672
明けぬれば 暮るるものとは 知りながら
なほ恨めしき あさぼらけかな

〈画像:Wikimedia Commons〉
現代語訳
現代語訳
夜が明ければ、また夕方には日が暮れるものだと分かってはいるけれど、
それでもやはり恨めしく思えてしまう、この明け方の空よ。
語句解説
【明けぬれば】
動詞「明く」(夜が明ける)の已然形+ 完了の助動詞「ぬ」 + 接続助詞「ば」
完了の助動詞「ぬ」の已然形 + 接続助詞「ば」で、順接の確定条件を表します。
全体で、「夜が明けてしまえば」の意味。
【暮るるものとは】
動詞「暮る」の受身・自発・可能の助動詞「る」の連体形+名詞「もの」。
「(日が)暮れるものだということは」という意味。
【知りながら】
動詞「知る」の連用形+逆説の接続助詞「ながら」。
「分かっていながらも」という意味。
【なほ恨めしき】
「なほ」=「それでもやはり」、「なおも」という意味の副詞。
「恨めしき」= 形容詞「恨めし」の連体形。
「うらみたくなるほどつらい」という意味。
【朝ぼらけかな】
「朝ぼらけ」= 夜明けのころ、空がほのかに明るくなってくる時間帯。
具体的には、夜に女の家に訪れた男が、女の元から立ち去る頃を指しています。
「かな」=詠嘆の終助詞、「〜だなあ」「〜ことよ」という意味。
作者: 藤原道信朝臣
藤原道信(ふじわらのみちのぶ)〈972年 ~ 994年〉
平安時代中期の公卿・歌人で、名門藤原氏の出身です。
父は権中納言・藤原為光で、家柄・教養ともに優れた人物でした。
道信は若くして文才に恵まれ、官職としても順調に昇進しましたが、非常に短命で、23歳で亡くなりました。
その為生涯に残された作品は多くありませんが、限られた歌数の中に繊細な感受性と深い情緒が感じられ、評価の高い人物です。
『拾遺和歌集』や『百人一首』などに選ばれており、その中には恋愛や別離、人生の儚さといったテーマが詠まれたものが多く見られます。
若くしてこの世を去ったことも、彼の歌に一層の哀感を与えているのです。
儚い生涯でありながら、その短い時間に鋭敏な感性を注ぎ込んだ和歌は、今なお人々の心を打ち、彼の名を和歌史に残しています。
鑑賞:恨めしい明け方、理解していても🌄
理性では理解しながらも、感情がそれについていかない人間の心の弱さや切なさを、美しく静かな情景に託して詠んでいます。
夜が明ければまた日は暮れる、つまり「別れの後には再会がある」と分かっていても、今この瞬間の別れはやはり耐えがたい。
その心の葛藤が、「あさぼらけ」という柔らかく明るい語の中に、逆に切なさとして滲み出ています。
とりわけ印象的なのは、「なほ恨めしき」という言葉です。
頭では納得していても、感情がどうにも整理しきれない状態を端的に表しており、理知と情の揺らぎの中にある心のリアルな揺れを感じさせます。
夜が明け恋人と別れるときの無力感、明るくなる空さえ恨めしく思っている作者の心理が、伝わってきますね。
素直な表現が読者の共感を呼び、いつの時代にも通じる恋の悩みを伝えてくれる歌になっています。
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