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今回の和歌
14番 河原左大臣(かわらのさだいじん) 『古今集』恋四・724
陸奥(みちのく)の しのぶもぢずり 誰(たれ)ゆゑに
乱れそめにし われならなくに


〈画像:Wikimedia Commons〉
現代語訳
現代語訳
陸奥で織られる「しのぶもじずり」のように、私の心は乱れています。
誰のせいでこんなに心が乱れはじめたのか――私のせいではないのに。
語句解説
【陸奥(みちのく)】
現在の東北地方(宮城・福島など)の古い呼び名。
この歌では、「しのぶもじずり」が織られる地として登場しています。
【しのぶもぢずり(忍ぶ摺り)】
陸奥の特産とされた布の模様。
「しのぶもじずり」は絞り染めのように、色や柄が複雑に乱れている布。
「しのぶ」には「忍ぶ」=こらえる、思いを隠す(恋を隠す)、「偲ぶ」=恋しく思うという掛詞になっている。
【誰(たれ)ゆゑに】
「誰のせいで」または「誰が原因で」の意味。
恋に心を乱してしまった原因となった人(=恋の相手)を問うている言葉。
【乱れそめにし】
「乱れ」=心の乱れ、感情の乱れ。「そめ」=〜し始める(動詞「染む/初め」などに由来)
「にし」=完了・強調を表す(助動詞「ぬ」の連体形+過去の助動詞「き」の連体形)
全体で「心が乱れ始めてしまった」という意味。
【我(われ)ならなくに】
「私のせいではないのに」「自分の意思ではないのに」の意味。
「〜なくに」は、反語・詠嘆の助詞。「〜ではないのに」という意味を持ちます。
恋に心を乱された苦しさと、自分ではどうにもならない想いが込められています。
作者:河原左大臣(源融)
河原左大臣(かわらのさだいじん)〈822年頃〜895年〉
平安時代前期の貴族であり歌人、本名は源融(みなもとのとおる)です。嵯峨天皇の皇子であり、つまり天皇の血を引く高貴な人物でした。
貴族として政治に関わる一方、文化や芸術にも深く親しみ、とくに和歌や風雅な生活で知られています。
「河原左大臣」という呼び名は、彼が左大臣という高い官職に就き、京都の六条河原院という邸宅に住んでいたことに由来します。
この河原院は非常に豪奢で、美しい庭園や池を備え、まるで別荘のような優雅な空間だったと伝えられています。
この邸宅は『源氏物語』の「六条院」のモデルの1つとも言われています。
源融は政治家であると同時に風流人としても有名で、和歌においても感性豊かで繊細な歌を残しました。
天皇の子という身分にありながら、単なる権力者ではなく、文化人としても名を残した源融は、平安貴族の理想像ともいえる存在でした。
彼の生き方や美意識は、後の貴族文化や文学作品にも大きな影響を与えました。
鑑賞:乱れに乱れる、溢れ出る恋心 ❤️🔥
この和歌は恋に心を乱される苦しさを、巧みに自然や工芸に例えた情感豊かな一首です。
冒頭に登場する「しのぶもぢずり」は、陸奥国で作られた絞り染めの布で、模様が複雑に入り乱れているのが特徴です。
この「乱れ模様」を、心の中の恋の乱れに重ね合わせています。
単なる自然描写ではなく、視覚的に心情を映し出す手法が非常に洗練されています。
「誰ゆゑに 乱れそめにし われならなくに」という結句には、「自分のせいでこうなったのではない」という嘆きと切なさが込められています。
恋の始まりはいつも予期せぬものであり、心を乱されていく事に抗えない苦しさを、静かに深く訴えかけています。
この歌の魅力は、技巧的なたとえと、抑制された感情のなかにある激しさです。
淡々とした語り口の中に、どうにもならない想いが滲み出ており、読み手の心にも自然と響いてくる余韻を残します。
恋のやるせなさを、これほどまでに洗練された言葉で描いた作品は、まさに百人一首の中でも名歌の一つと言えるでしょう。
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